自分史を書く人は、いい気なものか?





自分史を書く人は、いい気なものか?



あなたは自分史を書いていますか?
僕は書いていますよ。
うひひひひ。。。。



自分史がどういうものか、見たことがありますか?
もし、まだ見たことがないのならば、
ぜひ上の画像をクリックして僕の自分史を覗いてみてください。

これはフルーツブログをやると、その機能の一つとして自動的に付いてくるものです。
せっかく、そういう機能が付いているので僕はメモ帳として使い始めたのです。

記事を書いている時に、
“確か、この事はどこかに書いたはずだが。。。?”
“引用するのにあの文章を使いたいのだが、どこに書いたっけ?”
...こういう疑問が頭を持ち上げることって良くありますよね。

そういう時に、ちょっとメモ帳を調べるように見ることが出来たらいいな、と思って
この自分史を書き始めたのです。

非常に便利なのは、項目ごとにリンクを貼ることができるのですよ。
つまり、見出しだけ書いて詳しいことはリンク先に書くことが出来ます。

ところが、最近ではエントリーの数が多すぎて、ある項目を探すのに時間がかかりすぎて
現在、ほとんど使っていません。
この自分史には検索機能が付いてないので使い物にならないんですよ。

ただし、日記帳の目次のように利用しています。
月日から、目的の記事を探すには非常に便利です。

ところで、どうして僕が自分史のことを書く気になったのか?
それは、僕の自分史の2006年10月10日のエントリーに書いてありますが、
太田さんから、本のコピーを送ったと言うメールをもらったんですよ。
詳しい内容はその項目をクリックすると僕の掲示板に飛んで読むことが出来ます。

太田さんから次の本のコピーを受け取ったのです。


前奏曲集
ー私はアマチュアであるー
作品 1の2

Les Préludes
Je Suis Amateur
Opus 1.2
by Masahiro Ota

著者: 太田将宏
初版: 1989年7月
改定: 2006年5月


幾冊か、もらった内の最新版です。
いつも興味深く読んでいるので、さっそく手にとって読み始めたのです。
最初の章に次のように書いてありました。


0.0 Prélude

(前略)

もともと、言葉の網目は音楽のnuanceをすくいあげるのには粗すぎるので、
音楽そのものについて直接的に表現されたものはすべて嘘である。
例えば、F.Lisztは、二つの深淵の間に咲いた可憐な花、などと L.v.Beethovenの
Klaviersonate in cis-moll (Op.27,Nr.2)の第二楽章を表現していたが、
もし、私が、同じ曲に違ったimageを感じたら、何か私が間違っているのであろうか。

仮に、Lisztがそのように感じた事実は事実であったとしても、
それを言ったり書いたりすることは全く無意味である。
それを、私は、言い(書き)っぱなしという。

それは、Lisztの自分自身に対する事実であって、
必ずしも音楽に対する事実ではないからである。
気障に気取って他人に話すような事ではない。

私は、これをローマン派の甘えと言いたい。
現代の音楽評論にも、作品につけ、演奏につけ、この類の文章が多すぎる。

(中略)

慇懃無礼に言って、Lisztのような文章を書くことは、私の手に余る。
私たちの出来ることは、音楽を聴いて、
客観的な事実に基づいて考えたことを記すことでしかない、と自覚しようではないか。

蛇足(コーダ):

昨今、自分史などを書いている人がいる、と聞いているが、
いい気なものだ、と私は思う。
私は、自分のことなどを書いても仕方がない、
と考えている人間である、と自分で思っている。
ただ、それを書くまいとしているわけではないので、
書くこともあるかと思うが、そんな場合でも、
むしろ、自分そのものではなく、その対象のほうに重きがあることを、
ここで、明言しておきたい。



『前奏曲集』の 101ページより抜粋


もちろん、太田さんは僕が自分史を書いていることは知りません。
上の“蛇足”は僕に対してあてつけがましく書いたものではないのです。(笑)

。。。もしかすると、そうかもしれないなあああ~
と考える、ひねくれた心が僕にはありますが、
太田さんはそのような人ではないのです。(苦笑)

いづれにしても、太田さんが本の始めに書いたこの箇所を読んで
“自分の事を書くことは、どういう意味があるのか?”
この事に付いて僕は考えさせられたわけなのです。

例えば、レンゲさんのことを書いた僕の記事にダ・ヴィンチさんから次のようなコメントをもらったことがあります。


レンゲさんは謙虚で美しいわ





世の中レンゲさんみたいに
不倫でも純粋に誰かを愛する
真摯な女性がいるのに、
私の知るブログでは、
恋愛なのか性欲処理なのか
無粋な女性がいて困っております。

レンゲさん
もっと自信持って下さい(`∀´)。

家庭を持って迄不倫して
ブログ公開迄して自身の生活を
赤裸々にして得意に成る女と比べたら
貴女は非常に謙虚で美しいのです。

恋愛に悩みは憑き物ですわ。

応援していますわ。

by ダ・ヴィンチ

2006/10/08 18:30




『まったり愛されたいの? PART 4』のコメント欄より




家庭を持って迄不倫して
ブログ公開迄して自身の生活を
赤裸々にして得意に成る女


こういう女が居て、この女の書いたブログをダヴィンチさんが読んで
恋愛なのか性欲処理なのか
無粋な女性がいて困っております。
。。。と書いているわけですよ。

つまり、太田さんが言っていることも、そのようなことなんですよね。

この女は得意になって不倫の性生活を赤裸々に書いている。
本人は得意なつもりなんですよね。
ところが、それを読んでいる人は、そのようには思わない。
それどころか、ダ・ヴィンチさんのように“無粋な女性がいて困”っちゃうわけですよ。

太田さんの言葉を借りれば、
“(得意になって不倫の)自分史などを書いている人がいる、と聞いているが、いい気なものだ”と言うわけですよね。
うへへへへ。。。(爆笑)

そう言う訳で、僕にも太田さんの言おうとしていることが実に良く分かるんですよ。
ブログで性生活を赤裸々に書いて得意になっている上の不倫女は、
恐らく読んでいる人の多くがダ・ヴィンチさんのように“困った女だ”と思っただろうし、
太田さんならば、“いい気な女だ!”と思うわけですよね。

でもね、僕はちょっと違うんですよ。うへへへへへ。。。


こういう馬鹿な女が居てもイイと思うのですよ。
むしろ貴重な存在ですよ。

なぜ?

僕は歴史馬鹿だから、ときどき平安時代のミーちゃんハーちゃんがどのような恋愛をしていたのだろうか?
こういう事を考えてみることが、たびたびあるんですよ。
この事は次の記事の中でも書いています。


古代史にはロマンがありますよね。



例えば『源氏物語』を読んだとしますよね。

平安時代には男と女はどのように恋愛していたのだろうか?
物語は物語で結局、『源氏物語』は“小説”にすぎないのではないか?

現実に平安時代の、あるいは古代史の中で男と女は
実際にどのような恋愛をしていたのだろうか?

僕は歴史馬鹿ですから、当然そのような疑問が頭を持ち上げてきます。

でもね、そのような事を調べようとしても、
なかなか庶民の恋愛なんて記録に載ってないんですよね。
平安時代や奈良時代のミーちゃんハーちゃんの恋愛日記なんて無いんですよ。

仕方ないから有名人の恋愛を手がかりにするしかない。



この女性は西暦734年当時16才でした。
どうですか?
なんとなく現在でも通用する容貌を備えていると思いませんか?

『卑弥子さんに誘われて古代史を覗いた人(2006年10月2日)』より


つまり、今から100年後、200年後の歴史馬鹿にとって、
上の不倫女が書いた赤裸々な不倫日記は“歴史的に意味を持つ生々しい”ミーちゃんハーちゃんの不倫の記録になりますよ。
歴史研究家ばかりではなく、不倫研究家にも意味がありますよね。

このようなことを考えれば、どのような内容のモノであれ、
例えば落書きさえ、次のように1冊の本になってしまうほどです。


『ポンペイ・エロチカ ローマ人の愛の落書き』



とりわけ自然で開放的な性愛を謳歌した数々のグラフィティには
大らかな古代人の息吹きが感じ取れて微笑ましい限り。
オーラル・セックスやパイデラスティアー、レスビアニスムス、
マスタベーション等々の自由奔放な表現は、
現代の日本社会よりノビノビとしていて、
古代ローマ人を羨ましく思う人さえ居ることでしょう。
ただし誤訳が散見されるので、出来れば
イタリア語の原書を直接お読みになるか、
注釈のラテン文にしっかりと目を通しながら
お読みになることをお奨め致します。

『ポンペイ・エロチカ』より


でもね、たとえば、どんなにすばらしい記事を(あるいは本を)読んだとしても、
ある一部の人にとっては太田さんが次に書いているように
全く“猫に小判”と言う人だって居るのです。


1.2 Georg Philipp Telemann

(前略)

音楽に快楽主義を持ち込んだ。Mozartは厭だ。
---とは、I. Xenakisの言葉であるが、
私には、それはむしろ、G.P. Telemannや、
近代では、Serge Prokofieffのことではないか、と思われるのである。

音楽に快楽的な一面、あるいは要素があるのは私も認めるが、
いや、私自身がそれを楽しみに音楽を聴くことも多いのかもしれないが、

一方、何を聴こうが、何を読もうが、自分の生活、人生、
それに対する姿勢には影響ない、関係ない、
といった種類の人たちと一緒にされたくはない、と言う気持ちが私にはある。
(草子地: とはいえ、そうした人たちにも、
      人間としての可能性がある、ということは信じたいけれど)。



『前奏曲集』の 105ページより抜粋


太田さんの本はクラシックについての本ですが、
僕はクラシックについては良く勉強したことがないのですよ。

クラシックの専門家であれば、太田さんの本からもっと専門的なことが書けるだろうけれど、
僕は、このようにしか太田さんの書いた本を消化できない。
また、これで充分だと僕は思っているんですよ。

太田さんも書いているように、
“とはいえ、そうした人たちにも、人間としての可能性がある、ということは信じたいけれど”

僕は太田さんが意図したようには太田さんの本を読めないかもしれないけれど、
“僕の世界”の中で、このように太田さんの本を消化して記事を書くことが出来る。

自分史も、結局、そういうモノではないかと思いますね。
ある人にとっては、“猫に小判”。
書いた人のことを “いい気なものだ” と感じる人だって居る。
また、ダ・ヴィンチさんのように“困ったものだ”と感じる人も居る。
そういう人が出てきても当然です。

なぜなら、人間はさまざまだからです。
十人十色!
つまり、どのようなことを書いてもいいのですよね。

上で紹介したローマ時代のポンペイの落書きは
2000年後に、我われが読むのに充分な興味と関心を引き起こしてくれる。
つまり、歴史的に意味のあるものになっている。

ここで司馬遼太郎さんの言った言葉を引用します。

“作品は作者だけが作るものではないんやでぇ~。

作者と読者の共同作業なんやでぇ~。”


正に名言だと思いますね。

いくらすばらしい作品を作者が書いたつもりで居ても、
読者にそのすばらしさが伝わらなかったら、その作品は駄作です。

つまり、50%の作者の能力と知性と教養と人生経験と
50%の読者の能力と知性と教養と人生経験が合わさって、
その作品は100%の真価を発揮できるものだと言うことでしょうね。

要するに作者は読者が分かり易いように書く。
読者は作者の言おうとすることを充分に汲み取る

しかし、残念ながら、作者と読者の共有できる能力と知性と教養と人生経験がなかったら
作者の意図することが充分に読者に伝わらない。

それにもかかわらず、読者に理解させるのが作者の力量でしょうね。
つまり、エピソードや具体例を書いて経験不足の読者に分かり易く書く。

でも、上のポンペイの落書きのように
その時には下らないものでも、
もし、読む人の能力と知性と教養と人生経験が豊かであるならば、
興味深い意味のある読み物となることもある。
つまり、読者は作者の言おうとしている以上の内容を読み取ることも可能です!

こうして考えてくれば、どのような事でも書いて意味のあるものではないか?
そう思いませんか?

ただし、例外があります。
ネットでのスパムコメントです。

土足で上がりこんで来るなと言うのに、土足で上がり込んで来る。
それが、迷惑スパムコメントです。
記事の内容にこだわりなく、メッタやたらにコメントを飛ばす。
これは世界のネチケットに反することですよね。

これ以外なら、原則として何を書いても良いのではないか?
もちろん、アダルトサイトでないサイトにアダルト用のコメントを書くのはまずいですよね。
これもネチケット違反ですよね。

あなたも、迷惑スパムだけはしないで下さいね。

では、また。。。



ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、ためになる関連記事

■ 『デンマンのブログを削除した管理人に対する公開抗議文とその面白い顛末』

■ 『日本は軍国主義への道を歩んでいるのでしょうか?』

■ 『2ちゃんねるは世界のネットのために貢献できるか?』

■ 『日本のネットではありませんよ! 世界のネットです!』

■ 『日本の皇室はどうあるべきでしょうか?』

■ 『一体、日本は良くなるの?』

■ 『どうして、こうも犯罪が増えている?警察はホントに駄目になったの?』

■ 『日本人に欠けているものは?』

■ 『日本のネットで迷惑を振りまいているウツケ者たち』

■ 『国際化・グローバル化とはあなたにとってどのようなものですか?』

■ 『日本 ☆ 日本人 ☆ 日本社会 ☆ 比較文化論』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』



おほほほほほ。。。。

また、出てまいりましたわぁ。

そうですわよねぇ~。

デンマンさんのおっしゃったように

作品というモノは作者と読者の

合作でござ~♪~ますわよね。

読者のオツムが足りないと

どんな良い作品でも

読者の貢献する50%の部分が消えてしまう。

作品の良さは半減してしまう。

でもね、ポンペイの落書きでも分かるように、

読者の知性と教養と人生経験が豊富であれば、

作者以上のものを読み取ることだって

できると言う事でござ~♪~ますよね。

うふふふふふ。。。。

一つ良いことを学びましたわ。

ええっ?

あたくしに作者以上のことを読み取るだけの

知性と教養があるのかって。。。?

あなたは、言いにくい事をズケズケと

言ってしまうお方なのですわねぇ?

もちろん、ござ~♪~ますわよ。

その証拠が見たければ、あたくしのお話を読んでくださいましね。

『平助さんが卑弥子さんに恋をしたのがウンのつき』

デンマンさんが書いてくださったのですわよ。

あたくしの知性を覗いてくださいね。

いづれにしても、

日本の良さをお忘れなく!

そういうわけで、あたくしがマスコットギャルをやっている

『新しい古代日本史』もぜひ読んでくださいましね。

絶対に読んでね。

ダメよ、見なかったら。。。めっ。。。

うふふふふふ。。。。

失礼いたしましたああああああ。。。

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。



この記事へのコメント

2011年11月21日 08:54
べっ、べつにアンタのために教えるんじゃないからね!(ノ゚Д゚)ノシ★ http://ktjg.net/
2011年12月20日 12:46
べっ、べつにアンタのためじゃないんだからね!(ノ゚Д゚)ノシ★ http://l7i7.com/
2011年12月26日 04:24
レスありがとう。詳細はこれです+.(・∀・).+★ http://s.64n.co/
 I. A.
2015年11月12日 05:19
 Identity theft をしたデンマンこと加藤明様へ 
 太田さんは私たちのadviceに従って貴方への接触を断っておりますよ。いつぞや名前なしのcommentで「このようにして、デンマンこと、加藤明は自慰にふけっているのではないでしょうか?
、と書いたのは、私、I. A. です。如何にして、太田さんが書いたとなったか(そこでは私のちょっとした失策もあったのですが、)推理してみたらいかが。でもですねぇ、それにしても、貴方が暇にまかせて書きなぐっている文やベタベタと貼り付けている絵や写真?は卑猥で嫌らしいですね。貴方の変質狂的な品性は昔のBBSの頃と変わりないということですね。
  私と義姉のA. I. (たまたま私の本当のinitialを使うと偶然に貴方のと同じになって嫌悪感におちいるので義姉のinitialを借りて逆さにして今後使用します)と 義兄のV. T.は、貴方の猥雑な文章と卑劣な行為の連続で義憤に燃えておりますが、次をお楽しみに。

 I. A.
I. A.
2015年11月12日 05:35
 I. A.

 Identity theft をなさったデンマンこと加藤明さんへ。
貴方は、ご自分のBBSにて太田さんに対してidentity theftをなさいましたね。太田さんに土下座をして謝る気持ちが無いばかりか、その後も更に暇にまかせて彼への中傷を重ねてきましたね。づにのって、「まだやりますよ」などと息巻いて、粋がっていましたけれど、それは「匹夫の勇」ということですよ。この意味が分からなければ辞書でも引いたら如何ですか。お分かりになったならば今からでもしたら如何。
私もidentity theftなどなされるのは嫌ですのでinitialだけにしておきます。

A. I.
A. I.
2015年11月12日 05:38
 Identity theft をしたデンマンこと加藤明さんについて 
皆さま。 破廉恥ということは、恥知らずということと同義語ですね。このデンマンこと加藤明は、全く、その典型ではないでしょうか。彼は更に卑猥に性的なことを繰返し彼のweb sitesに繰返し、繰返し、繰返して書いていますね。その執拗さに何か異常なものを感じませんか。こうした人に対応すると相手は陰湿な喜びを感じるそうですね。それで私たち三人は太田さんに相手にしないようにと忠告したのですが、加藤さんが為したidentity theftだけは放っておけないと考え直して、彼が彼のweb sitesで太田さんに謝罪するまで続けることにしましたが宜しくご支援を。

A. I.
A. I.
2015年11月14日 10:42
Identity theft をなさったデンマンこと加藤明さんへ。

貴方によってidentity theftをなされた太田さんは、貴方とは違って(超)大型のcomputersの基本software(OSやcompilers)のdeveloperとしてのlife workをまっとうしましたよ。その後で貴方が無意味に誹謗する七つの紀要論文を書き上げたということです。そうした彼に較べて貴方のていたらくはなんでしょうか。Canadaに来た当初では互いに同等の出発点だったにも拘らずに、便利屋と言えばまだ聞こえがいいけれど、要するに貴方は何でも屋にすぎない老人で終わりに近づいているではないですか。
貴方の太田さんへの経過も知らずでの想像、それに加えた更なる妄想、さもしい品性による下品な中傷、ののしりは、負け犬の遠吠えに過ぎないではないですか。貴方のようなゴロツキに恥知らず、というのも無意味ですね。

A. I.
V. T.
2015年11月25日 06:41
 Identity theft をしたデンマンこと加藤明氏について

誰が言ったのか、「従僕は従僕の眼でしか主人を見れない」、というのがありました。皆様、さしずめデンマンこと加藤明氏は、その伝でありましょう。いや、彼は、ド百姓の眼でしか貴族の太田さんを見れないのかもしれませんね。いやいや、それでもデンマンこと加藤明氏についてでは誉めすぎでしょう。つくづく此処で思うのですが、そもそもゴロツキというのは人類に属するのかどうなのでしょうか。もし、もしもですよ、デンマンこと加藤明が人類に属するのではないとすると、奴さんは人非人になりますね。それでかどうか、デンマンこと加藤明氏に反省の時期をあげようかと打ち合わせたのにも拘わらず、A. I.やI. A.は憤激遣る方無しの心境が納まらない様で何やら書き続けている様子ですが、何れにしろ、A. I.やI. A.が書いていた通り、私もデンマンこと加藤明氏に太田さんに(公開の場で)土下座して謝罪することを要求しているのです(デンマンこと加藤明氏はChristmas cardにて、こそこそと言い訳がましく謝ったことがありましたが、それでは、私も太田さんと同様、受入れ難く存じます。また、これは序でなのですが、「デンマンこと加藤明」と繰返しているのは、他に同氏同名の加藤明氏がいらっしゃり、その方と区別させて頂いているからです)。デンマンこと加藤明氏は、internetの中途半端な知識での未熟な推測、彼の程度の技術での推理で、私たちではなく太田さんが書いているのではないかとの疑心暗鬼で無益な詮索をしている様子ですが、それよりも私たちが書いてきたことを吟味し、反省、悔恨するほうがデンマンこと加藤明氏自身の老後、余生にとって多少なりとも意味があるのではないでしょうか。

 V. T.
I. A.
2015年12月02日 01:21
Identity theft をしたデンマンこと加藤明様へ

かつての私たちは、貴方の時代遅れのBBSで、他人が書いた件名を貴方が勝手に変えられるということを知りませんでした。それで貴方の名前を太田さんに変えてidentity theft をしたのですね。でも、現在の普通のwebsiteではそれができないので残念ですねぇ。貴方としては今、貴方のwebsitesにイタチの最後っ屁の様なことを書きなぐって、直ぐにcommentを閉じて私たちの口をふさぐことでしか手が無いのではないでしょうか。あるいは貴方の卑猥、下品、俗悪なwebsitesを閉鎖するしかないのしょうが、いえ、その方が雪隠詰めになっている貴方にとっては好ましいのかもしれませんね。私たち三人(太田さんを入れて四人)のなかで私が一番に蓮っ葉なので以上の文になりましたが、名うてのゴロツキの貴方に対しては、それでいいのではないでしょうか。

 I. A
2015年12月11日 11:00
相変わらず聞き分けのないオツムが足りない太田将宏ちゃんへ!

オマエは相変わらず馬鹿だね!
きゃはははは。。。

何度言ったら分かるのォ~?!
オマエはあの世に逝くのが迫っているのだから、
反省して“飛ぶ鳥跡を濁さず”な人生を送るのだよ!

今のオマエは日本語が解る122ヵ国のネット市民の皆様に、
哀れで耄碌(もうろく)し始めた孤独な老人というイメージを
植えつけているのだよ! (爆笑)

だから、オマエのコメントはオツムが硬い教養のない
アメブロのファシスト管理人までもムカつかせてしまうのだよ!
それで、ファシスト管理人がオマエのコメントを下品で
ネット社会にとって有益じゃないと見なして未公開にしてしまうのだよ!

そういうわけで、オマエは他の誰にも相手にされないので、
可哀想だから僕ちゃんだけは オマエヲ相手にしてあげるからねぇ~。。。
(苦笑してから微笑!)

とにかく、オマエはマジで聞き分けがないので、
そのうち愚かなオマエでも反省できるような記事を書くつもりでいるよ!
だから、楽しみにして待っててね。

それまで次の記事をじっくりと何度も何度も読むように!

■『悪事千里を走る』
https://denman705.wordpress.com/life/akuji/

僕ちゃんの記事はたくさんの人に読まれるけれど、
オマエの書いた愚劣なコメントなど真面目に読む人などいないのだよ!

じゃあ、上の記事を何度も読めよ!
哀れで愚かな孤独な老人。。。太田将宏のために!
最後に、ぎゃはははははは。。。

VT
2016年04月25日 06:09
 Identity theft をしたデンマンこと加藤明氏について

 皆様、その後、まだ、デンマンこと加藤明氏は、まるで狂犬病に罹った犬のように相変わらず吠え続けているのですね。デンマンこと加藤明氏には太田氏への謝罪の機会を与えようと努力してきましたが、徒労に終ったようです。デンマンこと加藤明は、太田氏以外の人にもIdentity theft をしていたことが発覚しておりますが、このような輩、もはや老齢でやり直しのきかないだろうところのデンマンこと加藤明などを相手にすることは、私たちの人生での貴重な時間の無駄になるので止めましょうか、とのI. A.の提案を受けて皆で話し合うことにしております。但し、デンマンこと加藤明は、太田氏に対して彼が為したidentity theft彼のBBSをこっそりと閉鎖したようですが、その件に於いては、私たち3人以外にも数人の証人がいることを此処に明記しておきます。

 V. T.
V. T.
2016年06月02日 04:08
Identity theft をしたデンマンこと加藤明へ 

ここで、「無駄な抵抗はやめろ!すみやかに投降せよ!正義は最後に勝つのだ!逮捕する!!!」などと書いても私は太田氏ではありません。大玉差広氏でもありません。

V. T.
2016年07月04日 09:41
オイ! 太田将宏。。。オマエほどの底抜けの馬鹿も珍しいよ(爆笑)

僕もこれまでに世界の34ヵ国を巡り歩いてきたけれど、
オマエほどの底抜けの馬鹿に出会ったのは初めてだよ!(爆笑!)

馬鹿もオマエほどの馬鹿になるとノーベル賞がもらえるねぇ~!
きゃはははははは。。。

とにかく、日本語が解る世界の123ヵ国のネット市民の皆様の 
オマエはお笑い者になっているのだよ!

オマエさァ~、試しに「太田将宏」と入れてGOOGLEで検索してごらんよ!

底抜けに愚かなオマエの事が記事になってネットに
たくさん。。。、たくさん。。。あふれかえっているのだよ!
(こらえきれずに爆笑!)

オマエは本を出版したつもりになっているけれど、
あの、誰からも掲載を拒否され
誰からも出版を拒否されている「読まれない、売れない下書き」に
馬鹿のオマエは次のように書いたのだよ!

“失うものが無くなった時に、私は真の老人になるのではないか?”
。。。と、馬鹿バカしいたわごとをオマエは書いた!
ぎゃははははは。。。

 (下へ続く)
2016年07月04日 09:42


ところが、オマエは失うものがないどころか、
ネットでは底抜けの馬鹿を演じているオマエのために、
太田将宏に関する記事が 数え切れないほど氾濫しているのだよ!
きゃはははははは。。。

つまり、オマエは底抜けに愚かな反面教師として
これから、100年。。。、いや、200年後も、
“底抜けに愚かな太田将宏”としてネットで笑われ続けるのだよ!
ぎゃはははははは。。。
笑いが止まらず、更に爆笑!

オマエは、更にバカを続けるのだろうねぇ~。。。
仕方ないから、“仏のデンマンさん”が
誰も相手にされない愚かなオマエの相手になってあげるからね。
きゃははははは。。。

じゃあ、これからも、バカを続けてね。。。
最後に、更に爆笑!

ところで、6月17日と29日に、底抜けに愚かなオマエのために記事を書いたから
読むように。。。

『成りすまし老人の告白』
https://denman705.wordpress.com/badguys/kokuhaku/

『バカの壁の増設』
https://denman705.wordpress.com/badguys/bakawall-2/

ここで、また爆笑!
ぎゃははははは。。。

この記事へのトラックバック

  • 愛する二人のために・・・

    Excerpt: 1173人とエッチした元風俗嬢が明かす、女を簡単にイカせる男の秘密のテクニックとは? こんにちは、タイトルは凄いんですが?? 内容はいたって真剣! 真剣ですよ。 何も性交だけが愛情とは限りま.. Weblog: 愛する二人のために カート用 racked: 2007-10-14 12:16